とらのようふく

奥さん、出番です

わたしの好きな五月山のはなし

外で過ごす時間が嫌いだと30年以上言い続けてきた。寒かったり暑かったり、汚れたり濡れたり、いいとこが一つもない。しかしこれは過去形。つい先日、いきなりタガが外れたのだ。

 

仲良しの後輩女子から、「山登り、めっちゃ楽しいから行きましょうよ」と頻繁に誘われるようになったのだが、もちろん即答でノー!山の下でおしぼり持って待っとくわ、とやり過ごそうとした私へ彼女のことばが追いすがる。「山上で豆からコーヒー挽いたげますよ」「ホットワインもいけますよ」まあ確かに楽しそう、んーでもええわ。「筋肉つくから知らん間に痩せますよ」まじか!堕ちた。ここ数年私を悩ませる最も取り組みたい案件なのである。ジムに行くよりは楽しそうだし、五月山?それなら近いし、小さい山だし、道路あるから最悪山上からタクシー呼んでもいいし、と、いそいそと出かけることになった。

 

彼女が選んだルートは上りの半分以上が階段で、これマンションで出来るやん!と雪交じりの風に吹かれカピカピの顔で毒づく私。頂上から見る景色も美しかったけれど、既視感あり。山上で飲んだホットワインも想像を超えはしなかった。

そして帰路。今のところ疲れはタクシーを呼ぶほどではないし、歩いて降りようかねとなる。

「これ貸したげますわ」彼女が差し出したのはポール。山の杖。「道ちょっと濡れてるし、三点で歩きー」

三点ってなんや、と思いながら、ポールを片手に固定。ほぼ階段だった登りとは違い、一人ずつしか進めない細い山道に、緩慢な一歩を踏み出した瞬間、いきなりヌルっと足が滑った。ああ、こける!その時だ。

「コツ!」っと音が響いた。

右手のポールが大きな石に着地し、私を支えたのだ。その「コツ!」の素朴かつ崇高でありながら可憐な響きに胸が高鳴った。一歩進むたびに「コツ!」の音を響かせポールは私を支える。五月山の山道は「コツ!」ポイントが多いのか、私が選び上手なのか、少し滑りかけての「コツ!」が何度も繰り返された。あえてちょっと滑る場所を選んでも、「コツ!」でわたしは転ばない。私とポールは二人三脚で山道をくだった。楽しかった。この山道がずっと続けばいいのにと思った。

 

あの感覚を求めて、その後、六甲山、甲山、妙見山と上ってみたが、道の幅、長さ、角度が違う。すなわちそこから繰り出される「コツ!」の可憐濃度が五月山とは全く違う。初めての経験からの贔屓目かしらと思いつつ、先週、二度目の五月山へ登った。

思いすごしではなかった。五月山の砂利が多めなのだろうか、地質が違うのだろうか、そのあたりは調べる価値がある気もするが、まあいい。今はただその音を聞いていたい。コツ音を響かせて歩くのは、ほんとに楽しいのである。雨に唄えばの名シーン的な感じでイメージ再生してみてください。

 

もし山登りに誘って断られ続けている方がいらっしゃいましたら、コツ音プレゼンどうですかね、ちなみに夫には断られました。